絶対おかしい!オキシトシンと発達障害、自閉症の関連性

絶対おかしい!オキシトシンと発達障害、自閉症の関連性
絶対おかしい!オキシトシンと発達障害、自閉症の関連性
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オキシトシンと自閉症や貼った巣障害には関連性があり、オキシトシンの不足が自閉症のような発達障害を引き起こすことが分かっている。

 

あなたはもしかすると、ご自身の、あるいは大切な誰かの自閉症を治すために、オキシトシンとの関連性や、オキシトシンを利用した治療方法を探しているのかもしれない。

 

私たちも精神科病棟に入院したり、重度のパニック障害、うつ病、統合失調症、適応障害などの診断を受け、実際に一番強力な精神薬を処方されてきた。

 

しかし数年前に、医者も精神薬にも頼らず、自力で完治させてきた。特に精神科医という医者は、患者の症状を聞いては薬を出すだけだ。

 

その他の原因や、なぜそうなるのかについては一切教えてくれない。私たちは不満を感じ、そして恐怖心のもと立ち上がった。

 

自分たちで治そう!と。

 

その時に出会ったのがホルモンの作用である。

 

私たちは専門的な論文をあさり読み、理論を組み立て、完治への設計図を描いた。

 

その中でオキシトシンの内容もあるので、あなたのお力になれるのなら、この場を借りて共有したいと思う。

 

オキシトシンとは

オキシトシンとは愛情を育み、また友情、信頼、絆といった社会性を育むホルモンとして、NHKのためしてガッテンなどで紹介されてから脚光を浴びた。

 

オキシトシンは、人と人とが触れ合ったり、スキンシップを交わしたり、または団らん、井戸又会議などでもオキシトシンの分泌が増えるほか、ペットとのふれあいでもオキシトシンの分泌が増えることが確認されている。

 

つまりオキシトシンとは、人の社会で信頼という社会性を確立するうえで重要な役割を果たしている。

 

自閉症の原因とオキシトシン

自閉症の原因としては、先天性なものと後天性な原因とがある。

 

先天性なものは、何かのきっかけ(原因は不明だが)で、オキシトシンの分泌量が少ない場合や、オキシトシンが分泌されてはいるが、オキシトシンが生理作用をするために必要なオキシトシン受容体が少ない場合とがある。

 

これらは遺伝子の屁にによるものとも考えられている。またオキシトシンの分泌量と、オキシトシン受容体の数が少ない後天的な症状もある。

 

後天性の症状の場合、幼少期に親のスキンシップや愛情が不足することによってオキシトシンの分泌や、オキシトシン受容体の量が減少することが確認されている。

 

後天性の自閉症、発達障害は、主に成長過程での性格の差により、確認されることが多い。

 

事実、私も頑固で周りとの協調が保てなかったことから、自閉症および発達障害の疑いをかけられたこともある。

 

私たちがここで、おかしいと思うのは、特に後天性の自閉症のことである。

 

後天性の自閉症とオキシトシン

後天性の自閉症は、オキシトシンが不足しているがために、周りと調和や協調をとれない、または頑固な性格であるといわれている。

 

自閉症の症状である頑固な性格として上げられているのが以下のようなことだ。

 

「性格が頑固である」

「身勝手が過ぎる」

「頑固で,独特の信念を持ち曲げない変人」

 

などだ。

 

彼らは他の自閉症の子供たちと違って、IQが低いわけでもなく、言葉の遅れもない高機能自閉症といわれている。

 

しかしこれだけ、自閉症と診断されることに私たちは危惧している。

 

頑固な性格で、身勝手で、学校の先生を困らせる子はクラスの中に必ず一人か、二人はいる。特に昭和の時代は多かった。

 

私も実は小さいころ特に頑固で身勝手だったから、なおさら理解できる。

 

頑固な子供は、先生だけでなく両親にも手を焼かせる存在として認識されている。

 

その理由は単純だ。なぜなら、ただ先生や親といった大人のペースや価値観で、うまく事が進まないからだ。

 

ただそれだけで、その子供は、

 

「他の子供はちゃんという事を聞くのに、なぜ君はきかないんだ?」

 

「〇〇くんや△△ちゃんを見て見なさい。ちゃんと先生(親)のいう事を聞くじゃないか。」

 

こんなことを何千回と言われるのだ。

 

そして先生あるいは親のキャパシティの限界に到達すれば、

 

 

「この子は病気なんじゃないか・・・。」

 

 

と、病気の疑いをかけられる。

 

そして医者に行けば、「この子は後天性の発達障害かもしれません。」と言われるのが大体のおちである。

 

 

私は上述し性格の持ち主だったため、父親からこんな言葉の数々を言われた子がある。

 

「お前は、心が小さい人間だ」

「お前は、味がない人間だ」

「お前は、社会に出たら絶対に社会のためにならない」

 

また小学校卒業のとき、母親は担任の先生からはこんなことを言われた。

 

 

「息子さん中学にいったら、そうとう悪くなりますね。」

 

ところが、結果的に不良にもならなかったし、高校は大学付属に入り、大学までちゃんと卒業が出来た。

 

 

後天性の自閉症と診断されているケースには、医者に行き診断を受ける前に、周りの大人がその子供の成長を待てないことが非常に多くある。

 

 

彼らの成長は速い。

 

 

そして激しい。

 

 

親の自分が幼少期の時、こんなにわんぱくではなかったかもしれないが、それをその子供は当てはめるのは建設的ではない。

 

子供やはり一人の人間である。

 

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頑固は成長過程のもの。成長している証

頑固とは何か?それはたんなる成長過程だ。

 

幼少期、頑固な性格や、身勝手な性格な子供にはオキシトシンが不足していることもあるだろう。

 

しかしその子供においてオキシトシンの不足が、ずっと続く事はないのだ。

 

頑固や身勝手な子供は、必ず成長のどこかでオキシトシンが増える時が来る。

 

それはいたってシンプルなことで、オキシトシンの分泌が増え、オキシトシンの大切さがわかるのだ。

 

 

それは、

 

好きな子が出来たり、

 

競争で負けて悔しい思いをしたり、

 

慰めてもらったり、

 

ほめてもらったり

 

自分が困っているときに誰かが助けてくれたり、

 

などなど、このようなことがきっかけで、オキシトシンの分泌を増やすことが出来るのだ。

 

小さな彼らは常に成長している。

 

それはつまり、これから大きくなるためだ。

「性格が頑固である」人が成功している

性格が頑固である人が、世の中の成功者や大きな事業を成し遂げたり、偉人として名を連ねているのを見たことがないだろうか。

 

性格が頑固であることは、自分に自信があるからだ。

 

自分に自信がる人は、自分の決断にゆるぎない覚悟を持っている。

 

このゆるぎない覚悟が、常人では成し遂げられない事業を成し遂げる。その力の源なのだ。

 

偉大な成功を成し遂げ、世の中の暮らしを豊かにした彼らが、後天性の自閉症として診断されていたら、私たちの暮らしはもっと変わってることだろう。

 

自分を信じて、やがて芽生えた世のために、人のためにというオキシトシンの作用が加わり、大きな偉業の達成につながったと私は思っている。

 

「身勝手が過ぎる」人が成功している

営業職を経験した私は、身勝手すぎる人が成功していることを肌で実感したことがある。

 

私も身勝手な性格だったが、やはり上には上がいるのだ。

 

営業とは、会社の生命線だ。営業無くして、全ての社員の給料は発生しない。

 

つまりお客様が物やサービスを納得して購入し、その売り上げを会社と社会に還元する仕事が営業だ。

 

このような営業には大変身勝手な性格の人が、営業成績が良かったり、営業で成功している。

 

身勝手な性格とは、相手の立場や状況を考えないこと、と私たちは捉えがちだ。

 

しかし、素晴らしいサービスや商品を使用する相手の立場や状況を考えていたら、相手も一生そのチャンスをものにすることはないだろう。

 

営業で成功している人は、相手の立場や今の状況を考えない。

 

これは人生で素晴らしいチャンスだ。と、相手がそのサービスや商品を使用した時の未来図や夢を描きながら、購入者に素晴らしいチャンスを与えている。

 

あなたがもし、子供が頑固で身勝手な性格で困っているのなら、

 

「君には営業が向いているかもしれないね。」

 

「それは一つの能力だね。相手のためにどう役立てるか一緒に考えてみよう。」

 

そういわれることで、彼の中にオキシトシンの分泌が芽生え始めるだけでなく、世の中のために素晴らしい偉業を成し遂げる人物になれるかもしれない。

 

なぜなら彼が持ってきた売り上げが、会社の全社員に、そして社会に還元されるのだから。

 

「頑固で,独特の信念を持ち曲げない変人」人が成功している

頑固で独特の信念を曲げない変人が、実は成功している人に多い。

 

私は多くの会社経営者や、農家経営者とも会っている。

 

総じて彼らを表現するなら、まさに、頑固で独特の信念を持っている変人と言える。

 

ある人は、60倍も規模拡大した方がいる。

 

ある人では70倍も水田と畑の面積を拡大させた人がいる。

 

ある人は各地の水田で消え、絶滅危惧種になった天然の蛍を、米作りで蘇らせる人がいる。

 

 

彼らは独特の信念を持ち、それを決して曲げない。例えどんなことがあろうとだ。

 

自分も家族も村八分になろうと、商売に大切な銀行が離れようと、国の制度が何であろうと。

 

ビジネスとしておかしい国の古びた制度を変えた人を何人も知っている。

 

独特の信念は、花らが開けば変人ではない。

 

いや、

 

独特の信念を持っているからこそ、花を咲かすことが出来る。

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